発明する体質になれるかな。

より

今回開発した技術は、次のような処理で数値情報の抽出を行います。

1. テキストの数字周辺に現れる単位文字列や単語の出現をもとに、金額や、長さ、重さといった数値に関する記述を探し、これらの情報から、数値の属性(注2)を判定します。
2. 判定した属性の代表単位に基づいて(例:長さの場合、「インチ」や「尺」といった単位で記述された数値を全てメートルに)、数字部分の大きさを換算し、数値情報として抽出します。

この抽出技術を用いて、Web文書などの記述に含まれる数値情報と、ユーザが指定した数値情報との属性と大きさを比べることにより、目的の数値条件を含んだ文書か、そうでないかを判定することが可能になります。例えば、従来のWeb検索の感覚で、商品名をキーワードに、さらに数値条件(例えば金額150,000円以下)を指定すると、その価格以下で目的の商品を販売しているお店のページを見つけることが可能になります(注3)。

単純に検索ってまだいろいろ改善の余地があるんだなぁ。と、こういうのは結構感じているはずで、確かに言われてみるとこういうの検索できないなとおもったことある。
けど、たぶんあきらめてるんだろうと思う。

問題発見といいつつも、その言い方はまるで自分が発見する前から確固として問題が誰が発見してもいいような形で存在しているかのような錯覚を与えてしまう。そうではなくて、その人しか感知できない問題というのはやはりその人と世界の関係性の中においてだけなのである。だから本人にとっては潜在的な問題を感じ取り、その問題を発見したつもりでも、客観的に見るとその問題はそもそもその本人しか問題と思わないような個人的ないわば発明なのである。

この「そもそもその本人しか問題と思わないような個人的ないわば発明」と自分が判断してしまうからこそ、それをあきらめてしまうのかもしれない。

そして、もう一つあげるとすると納得する自分がいるんだろう。1k - 2kとかいて1.2kがみつからないのはそりゃ普通だよなと、たぶん瞬間的に納得してる。普段から自分の入力した検索文字がハイライトされてるのをみれば、そりゃ無茶な要求だよなという風に自分が悪いのだと納得というかむしろ反省してしまう。

多分、あまりにも短い時間であきらめや納得をしているので、自分自身では感じないだろうが、この瞬間的な判断(結果としてのあきらめや反省はもちろんその結果に至った考え方)を認識すること。そして、それをたくさん記憶することが要するに気づくにつながるのだろうなぁとおもった。

その為の訓練ってできるのだろうかと考えてみた。
反射神経をやしなう機械(壁の光るところをさわるやつ)の触った場所を覚えるとかそういう訓練で、もしかしたら鍛えることができるんじゃないかと思った。